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阪大の先生⑭湯浅邦弘さん 今に通じる中国古典

発掘された竹簡(レプリカ)を見せる湯浅さん。趣味は映画や音楽鑑賞で、50歳を過ぎてテニスも始めた。学生にも、色んなものを見たり体験したり、幅広い考えを持ってもらいたいと願う

 大阪大学文学研究科で中国哲学を研究する湯浅邦弘教授の出身地、島根県出雲地方は、古代の伝承や遺跡にあふれている。「そうした古いものに、自然とひかれていった」という湯浅さんは、高校生のころから漢文の世界に興味を抱き、大阪大学に進学後、本格的に研究を始めた。しかし、当時の学界は完全に行き詰まっていた。「何せ2000年以上も研究してるんだから。駆け出しの学者にできることなんて何もなかった」という。

 その状況が一変したのは1972年、中国・山東省銀雀山の漢代の墓から、約5000枚の竹簡(文字を書いた竹)が発見された時からだ。新たな資料による、新たな研究が始まった。それまでは兵法書「孫子」について、内容が余りに高度だったため、本当に春秋戦国時代のものなのか疑問視もされたが、この発見でそれが事実だとわかった。「自然科学は階段を上るように発展していくが、哲学の世界は突然、時代を超えた考え方が生まれる」と湯浅さん。「古代中国は動乱の世。富国強兵をスローガンにしながら、しかし確固とした国家観がなければならないことに気付き、思想家たちを大切に庇(ひ)護した。そのあたりは現代中国より偉いかも」と笑った。

 湯浅さんは江戸時代に大坂町人が設立した学問所、懐徳堂の研究にも取り組んでいる。懐徳堂は大阪大学のルーツでもあるが、「学生時代は余り意識しなかった」という。しかし阪大を離れた時に、改めてそこに残る資料の価値に気付き、後世に継承しなければいけないと感じた。「これは、阪大で教鞭(きょうべん)を執る者の使命」と言い切る。

 江戸時代の学問所は、ほとんどが藩校で武士を対象としていた。町人と武士と机を並べて学ぶ懐徳堂は、非常に画期的なものだった。考え方も面白い。「例えば儒教、特に孟子(もうし)に顕著ですが、義と利は相容れないという教えがあります。義を貫けば利は得られず、利を求めれば義を失う、と。ところが懐徳堂では『とにかく真面目に働きなさい。そうすれば利益はついてくる』と教えました。今の大阪の商売人はがめつい印象で見られがちですが、当時から義と利を両立させる商業倫理が確立していたんです」

 初心者でも読みやすい中国古典を尋ねると、論語と孫子を挙げた。「この2つは現代に通じる意味を、最も持つ古典。明日からでも生き方を変えられます。自分にとっての座右の銘を、そこから見つけてほしい」と話す湯浅さんの座右の銘は、「温故知新」だ。「一見古くさいものの中に、新しいものを見つける。それができるのが、真の教師だと肝に銘じています」。湯浅さんが言うと、重みが違う。(礒野健一)

更新日時 2012/11/07


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