阪大の先生⑰ス・チンフさん 地球規模で考える環境問題
大阪大学グローバルコラボレーションセンターのス・チンフ特任准教授は、モンゴルの遊牧民族出身だ。「生まれたのは中国の内モンゴルなので、国籍はそっち。漢字では思沁夫と書きます」と、名刺を渡して自己紹介する素振りは、日本人と何ら変わらない。大阪大学には2007年に着任したが、それまでの人生は波瀾万丈(はらんばんじょう)だ。
父親は市の行政官、母親は旧満州時代に日本語学校で働き、戦後は市の教育委員会でモンゴル語の小学校をつくるなど、活躍していた。恵まれた環境にいたスさんの運命が一変したのは、文化大革命だ。両親ともに投獄され、育てる人がいないスさんは、遊牧生活をする祖父母のもとへ送られる。「そこでは『馬の上の学校』という、青空教室みたいなものがあるのですが、私は両親が捕まっていたので行けなかった。だから日本の小学生にあたる期間、まったく勉強ができなかった。文字すら読めず書けず、です」と話す。父親は文化大革命の中で殺され、母親は10年後にようやく釈放された。
その後は勉強によらず生活するため、母のつてで芸術大学に入って民族舞踊を学ぶが、卒業直前に結核を患い、その方面への就職がかなわなかった。地元に戻って市の図書館に勤めると、閉館後に本を読みあさって独学で数学や国語を学び、全く学校に通うことのないまま北京大学法学部に入学。文革後初の司法試験で一発合格し、弁護士となった。しかし、法律がまるで通じない中国社会に失望。日本で法律を学ぶため金沢大学へ留学した。
ここまででも映画の主人公並みの人生だが、では今は法律を研究しているのかと言えば、違う。文化人類学と環境問題だ。その過程も面白いのだが、長くなるので割愛し、研究内容を紹介しよう。
内モンゴルにトナカイを飼って暮らす少数民族がいる。自然のと調和を保って生きる彼らだが、文明化による社会制度の変化や、地球規模の環境変化によって、これまでと同じ生活ができなくなっている。「これは世界で起きている問題と同じ。自然と人間が共にある生き方を見出さなければならないが、自然を分析し、人間に有用なものだけを取り出す西洋的な考え方に、私は違和感を覚える。自然と人間は一体だという東洋的な見方こそ必要」と話す。具体的には中国の巨大ダム建設や、少数民族が住む地域での大プロジェクトについて、文化人類学的、環境的側面から研究し、反対運動もしている。
「自然には国境はない。中国の大気汚染など、1地域の問題が人類の問題にもなる。今はネットで世界が簡単につながれるのだから、皆で知恵を出し合って解決しないとね」と穏やかに、しかし力強く語った。(礒野健一)
更新日時 2013/02/13