心にしみる一言(249) お金のない難民のため、時計店が所持品を買い取り、食べ物も渡した
◇一言◇
お金のない難民のため、時計店が所持品を買い取り、食べ物も渡した
◇本文◇
青春18切符で琵琶湖を1周したことがある。いくつかの場所を観光し、1番印象に残ったのは福井県敦賀市の杉原千畝にちなむ小さなミュージアム「人道の港 敦賀ムゼウム」だった。
第2次世界大戦の時期、外交官だった杉原はリトアニアにいた。ナチスの迫害から逃れようとするユダヤ人に、日本通過ビザを書き続けた。外務省の「ビザ発給はならぬ」の命令にそむいて。その数は3000人とも5000人とも言われる。
ユダヤ人難民はシベリア鉄道に乗り、ウラジオストックから敦賀に渡った。ムゼウムはその歴史を伝えている。
ムゼウムの資料によると、敦賀の人たちは難民に対して、温かく接したそうだ。その例示が示してあった。取り上げた言葉もその1つ。ほかに、「少年が果物のかごを持っていった」「銭湯を無料で開放した」。杉原も素晴らしいが、敦賀の人も素晴らしかったのだ。
帰りに、ユダヤの伝統菓子「ルガラー」を買って土産にした。(梶川伸)2020.07.31
更新日時 2020/07/31