心にしみる一言(412) いちいちお客さんに聞くのは面倒なので一緒に盛って、好きな方を食べてもらう
◇一言◇
いちいちお客さんに聞くのは面倒なので、一緒に盛って、好きな方を食べてもらう
◇本文◇
奈良市・西ノ京の洋食屋さんで、娘夫婦が昼ご飯にハンバーグをごちそうしてくれた。テーブルが4つだけの店で、かなり年配の男性シェフが1人できりもみしていた。
店の壁に、店の主人が別のシェフと写った写真が張ってあった。もう1人の方は、テレビか本で見たことがある。料理が運ばれてきた時に聞いてみた。帝国ホテルの料理長を長年務め、日本にフランス料理を広めた功績者とされる村上信夫さんだった。
村上さんの弟子だと教えてくれてから、さりげなく言った。「村上さんの文章は代わりによく書いた。全日空の機内食も作った」
最初に運ばれてきたのはスープ。シェフは「フランスの農村のスープで、12種類の野菜を使っている」と言い、「フェルメールスープ」だと語った。家に帰って調べてみると、画家フェルメールの作品から生まれたスープがあることがわかったが、店のものは少し雰囲気が違い、シェフがアレンジしたもかもしれない。
サラダに続いてハンバーグが運ばれてきた。上に目玉焼きが乗った親しみやすいものだった。すぐにもう1つ皿がきた。小さな富士山型のご飯と、バゲッドが1つ、隣り合わせに乗っていた。初めての方式だったので聞いてみた、「いちいちお客さんにパンかご飯かを聞くのは面倒なので、一緒に盛って、好きな方を食べてもらう」
ご飯の型は昔から使っているものだとも教えてくれた。ひょとすると、村上さんも使ったのではないか、と想像した。
店には私たちのほかに、客は高齢の男性が1人。店の主人との会話を聞いていると、兄貴分のシェフらしい。89歳の誕生日に、後輩の料理を食べに来ていたのだった。食べ終わると店の主人は、足元のおぼつかない先輩を支えながら、店に呼んだタクシーまで案内し、しばらく見送っていた。
私たちは瓶ビール2本、赤ワイン1本を飲み、デザートも頼んだ。1人3000円余り。田舎の小さな店の、印象に残るランチだった。(梶川伸)2024.04.30
更新日時 2024/04/30