心にしみる一言(205) 道後温泉から夜行バスが出ている。私が送っていきましょう。
◇一言◇
道後温泉から夜行バスが出ている。私が送っていきましょう。
◇本文◇
遍路旅の先達で四国を回ると、必ず泊る宿がいくつかある。愛媛県今治市、鈍川温泉ホテルが その1つになっている。
ある遍路旅のシリーズで、この宿に泊った時のことだった。夜になって、大阪の夫婦の携帯電話に連絡が入った。奥さんの母親の容体が悪くなったという。
それから、大阪まで帰る手段を探した。JR今治駅からの列車では、朝までに大阪に着けない。思案している時に女将が言ったのが、上記の言葉だった。女将はマイカーを1時間ほど走らせ、夫婦を松山市の道後温泉まで送ってくれた。
女将の気っぷに感じ入り、以降はここを定宿のようにしている。世話になった夫婦は別のシリーズの際、この宿に泊る回だけ参加した。女将に礼をを言うためだった。
ホテルとは言いながら、少し山に入った旅館と言っていい。あまい大きい宿ではないので気さくな雰囲気ではあるが、客はきちんともてなしているのを、女将と話すたびに感じる。
絵、俳句、書が融合した俳画を、女将はやってる。前回泊った時には、「喜寿までには本を出したい」と話していた。部屋に置いてあるあいさつの紙、食事会場の個々のお膳に被せてある紙も、女将の絵と文でできている。売店では女将の俳画を売っていた。「幼な歩に合わせ辿りぬ花野道」「故郷帰り夫におでん炊き込めり」の俳句が気に入った。
翌朝の出発の光景は、いつも同じだった。一行はバスに乗る。女将や若女将や従業員たちが見送りに出てくる。バがは駐車場から出ていくと、一斉に手を振る。ここまでは見送る人数の差はあっても、よくある光景である。ここからが違う。
駐車場には2つの進入路がある。バスは奥側から出て200メートルほど走り、もう1つの進入口の前を通って、今治の市街地に下りてゆく。若女将らはいったん手を振って見送った後、もう1つの進入路まで、近道の駐車場内を懸命に走る。そしてスピードを速めて通り過ぎるバスに向かって、もう1度手を振る。女将が着物姿で走っていたこともあった。この姿を見た時に、また来ようと思う。(梶川伸
)2019.08.22
更新日時 2019/08/22