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心にしみる一言(147) 野の花は私が描いてあげるのを待っている

深沢紅子野の花美術館

◇一言◇
 野の花は私が描いてあげるのを待っている

◇本文◇
 この言葉は正確ではない。記憶をたどって書いている。ニュアンスとして、こんな言葉だった。「野の花は見向きもされないから、私が描いてあげなければ」。そんな言葉だったかもしれない。
 4年前のこの時期、遊び仲間で盛岡市方面に行った。それぞれ行ったみたい場所があり、ある友人は宮沢賢治が投宿した大沢温泉であり、私は「深沢紅子(こうこ)野の花美術館」だった。紅子は水彩で野の花を描き続けた。水彩の透明感に、紅子の花に対する思いが重なって、爽やかな作品になっている。
 ビデオを見ると、紅子が上のようなことを話していた。確かに、野の花は見過ごされる。そのかわいさや美しさは、誰かが描いてあげなければ、かわいそうではないか。ただ描く時に、見たままではないようだ。紅子は人を描く際、「その人の外面ではなく、気持ちを表現したい」とも語っていた。きっと花についても同じことなのだろう。(梶川伸)2018.02.20
 



更新日時 2018/02/20


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