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心にしみる一言(108) 初めてのお客さんでも、この駅から目的地まで1回でスムーズに行ってほしいと思うんです

高市町のひな祭りの一コマ

◇一言◇
 初めてのお客さんでも、この駅から目的地まで1回でスムーズに行ってほしいと思うんです

◇本文
 20年あまりの時を経て、人の優しさは変わらないということを再認識した。
 堺市に住んでいた母から、ちょっといい話を聞いた。近鉄橿原神宮前駅で、難波駅までのルートを尋ねると、改札口の手の不自由な駅員さんが図まで書いて、親切に教えてくれた。
 難波までは、八木、鶴橋駅で乗り替える。駅員は年寄りの母のために、両駅のホームの図まで書いてくれ、懇切丁寧な教え方だったという。
 小さなコラムに書くために、橿原神宮前駅を訪てみた。母が世話になった駅員はすぐに分かり、取材を申し込んだ。
 1歳半と2歳の時、ひきつけを起こし、それがもとで左手が不自由になった。このため、切符に日付印を押す作業などは、あまり得意ではない。その代わり、客への道案内や応対には定評があると、駅長はほめていた。
 その駅員が語ったのが、「初めてのお客さんでも、この駅から目的地まで1回でスムーズに行ってほしいと思うんです」。その思いが、母には伝わった。
 改札口で客が、切符をしまった場所を忘れて探しているうちに、子どもが駅の外に走り出したことがあるそうだ。駅員は「切符は次の機会でもいいので」と、客に子どもを追うように促したそうだ。「事故などに遭わなくてよかったですよ」。さわやかな笑顔で語った。
 今年3月、奈良県高市町のひな祭りを見に行った。橿原神宮前駅で乗り換える際、沿線の地図が置いてある場所で、高市町の地図を探していた。すると、手の不自由な駅員さんが声をかけてくれた。ひな祭りを見に行くのだと告げると、駅員は事務所に戻り、高市町のひな祭り見物用の地図をわざわざ取ってきて渡してくれた。礼を言って別れた。
 何か引っかかったが、その時には思い出せなかった。列車に乗ってから、母の話と結びついた。家に帰って、調べてみた。コラムが載ったのは1994年だった。原稿を見ると、駅員は23歳と書いてある。今回私が出会ったのは、すっかり貫禄ついた彼だったのだ。ただし、客を気遣う心は23歳から変わっていなかった。(梶川伸)
 

更新日時 2017/06/10


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