心にしみる一言(94) おそらく一生、自分とマッチしないと思いながら生きていくんでしょうね
◇一言◇
おそらく一生、自分とマッチしないと思いながら生きていくんでしょうね
◇本文◇
歌手。中村中(なかむら・あたる)さんにインタビューをしたことがある。性同一性障害の歌手で、NHK紅白歌合戦に紅組で出場した翌年のことだった。当時22歳だった。
東京のプロダクションを訪ねた。中村さんに出会う直前、マネジャーにくぎを刺された。「本人が言えば別ですが、あなたの方からは性同一性障害に触れないでください」
これには困った。そのことに触れないで、歌や舞台やドラマでも表現者として活躍する中村さんの深い部分に、迫っていけるはずがない。
自ら口を開いてくれないだろうかと、あの手この手の質問をしてみた。その手には乗らず、穏やかな笑顔を見せながら、言葉を選んで話した。その笑みは、こちらの魂胆を見抜いていたあかしだった。
最後になって、こう質問した。「心地よく聞こえる声だと思うのですが、自分の声はどうですか。変声期のころに悩んだという文章を読んだことがあるのですが」
その答の中に、上記の言葉があった。「もうそろそろ大人になりますし、(自分の声を)好きになってあげなくちゃ、と思っているんですけど」に続くフレーズだった。こちらの思いが届いたのか、唯一本題に触れてもらえた言葉だった。(梶川伸)2017.03.16
更新日時 2017/03/16