寺の花ものがたり(67) 弘仁寺(奈良市)の紫苑=9月中旬~10月下旬
まち中から離れ、小さな森に抱かれて寺はある。「田舎寺ですから、名刺も作ってませんのや」。それが住職、高井良教さんのあいさつの言葉だった。
紫苑(しおん)は山門のそばと、庫裏(くり)の前に群らがって咲く。株数が多いわけではないが、背の高い茎に10も20も花をつけるので、上品な赤紫の雲がたなびいているような雰囲気がある。
高井さんが子どものころから、境内に紫苑はあった。夜鍋草(よなべぐさ)と教えてもらったのを覚えている。なぜ、そう呼ばれているのかは聞かなかったが、名前は気に入っている。「私だけかと思ったら、寺に来た参拝客で夜鍋草と言っている人がいた」。そんな話を聞くと、この寺にある花にはふさわしい気がする。
「年末の寺の掃除と一緒に、紫苑を切る。根が残り、冬に肥料をやれば、春に芽が出る」。手間いらずの花だと言う。「長持ちするのがありがたい」とも。
しかし、雨が少ないと背が低いし、茎も細い。うまく育たない時は、妻陽子さんが畑で育てているものを植えることもある。
寺には田も畑も森もある。「900年代に牛を2匹飼っていた、という記述がある。昔から農業をした寺なんでしょう」。今も自家消費の米や野菜を作っている。訪ねた時は、住職自らが木の消毒の最中だった。
「じっとしとったらいかん時代」とかで、境内に鈴蘭(すずらん)や萩(はぎ)を植えた。凌霄花(のうぜんかずら)も高く上げて、本堂などとの組み合わせを考えた。四季の花に気を配る。
「どこにでもある花だが、寺に据えるとええ。住みにくい世の中だから、一瞬だけでもホッとする。涼しい秋に、歩いてみるののもいいんじゃないですか」
境内を東海自然歩道が通る。紫苑が終わるころ、稲刈りが始まる。(梶川伸)
◇弘仁寺(こうにんじ)◇
奈良市虚空蔵(こくぞう)町46。0742-62-9303。JR、近鉄奈良駅から天理線のバスで下山町か森本町下車、徒歩45分。米谷線の高樋町からは5分だが便は少ない。入山有料。弘仁5(814)年の創建とされる。本尊は虚空蔵菩薩。明星天子は重文だが、奈良国立博物館に寄託。
=2005年9月29日の毎日新聞に掲載したものを再掲載(状況が変わっている可能性もありますのでご了承ください)2016.09.15
更新日時 2016/09/15