寺の花ものがたり(56) 大乗寺(奈良県下市町)山百合=7月中旬~下旬
山あいの寺は、すぐ東側が急な斜面になっている。本堂を見下ろして、山百合(やまゆり)が自生している。とは言っても、住職の阿部憲雄さんと妻春美さんが、百合の周りを覆うカヤなどの草を刈っているから、白い花の美しさを楽しむことができる。
花の時期の前に、夫婦でカマを持つ。機械だと、百合まで切ってしまうからだ。「住職はすぐに手を切る。だから、のこぎりみたいに切れの悪いカマを使う」と、春美さんは笑う。
200株が点在しているので、手間がかかる。3日ほど汗を流すと、百合は「芝生の中にパッと咲いたようになる」と言う。
もともと周辺の山には、いたる所に百合があった。いまは境内だけ。イノシシの仕業らしい。百合根を食べる。「鼻で息を吹いて土を掘り返す」とか。「おいしんでしょうか」と聞くと、「人間も好きやもん」と答えが返ってきた。
イノシシはいたずら者で、寺の横の田畑も「耕運機みたいに」掘り返し、ミミズを食べる。ただ、寺の百合には見向きもしない。「イノシシの通り道から外れているようで、ここだけいっぱい咲く。だから、うれしゅうなって」。そのうれしさが、見てもらううれしさに変わっていった。
百合は種が飛んで、自然に増えていく。小さな茎を見つけては、草と一緒に刈らないように気を遣い、残していく。「4~5年たつと、1年に1つずつつぼみが増える」。1メートル50センチの春美さんよりも高く成長し、20も花をつける株もある。
盛りには、芳香が境内に漂う。イノシシはその香りに誘われるはずだが、寺に入ってこない。話を聞いているうちに、2人の努力を無にしたくないと考えているのだ、と信じたくなった。(梶川伸)
◇大乗寺(だいじょうじ)◇
奈良県吉野郡下市町伃邑904。0747-52-6416。近鉄下市口駅からバスで岩森下車(便は少ない)、徒歩40分。境内自由。もとは真言宗の寺だったが、蓮如(れんにょ)がこの地を訪れて、浄土真宗に転派。樹齢80年の枝垂れ桜があり、開花する4月15日前後にはライトアップする。
=2005年7月14日の毎日新聞に掲載したものを再掲載(状況が変わっている可能性もありますので、ご了承ください)2016.06.15
更新日時 2016/06/15