もういちど男と女(24) 雪
スナックの壁には、北海道の雪祭りの写真がたくさん飾ってあった。女はそれを少しずつ外していく。ただ1枚、雪のかまくらの中で男と撮った写真だけは、アルバムの中に残しておく。
女は結婚12年で離婚した。夫は暴力を振るった。子どもの顔がむくんでいるのを見て、決断した。離婚届を友人に託し、子ども3人と自転車の4人乗りで家を出た。
どん底の生活だった。朝は魚市場の伝票書きをした。子どもを学校へ送り出すと、昼は旅行会社に勤めた。夕食の後は、スナックで働いた。
男は社長だった。北海道への社員旅行を頼みにやってきたのが、出会いだった。女は旅行の添乗員を指名された。後で聞けば、「お前しか目に入らなかった」と、うれしいことを言った。
旅行から帰ると、男から電話があった。「ひまができたら、また北海道に行くか」
仕事を離れて、会うようになった。男はスナックを持っていた時期があった。「お前もやってみるか」と、女に持ちかけ、開店資金を用意した。
社員旅行の翌年、男は雪祭りに誘った。女は条件を出した。「奥さんや子どもを大事にするなら。家の玄関を出てからが、私のあなたなのよ」
「離婚するから一緒になろう」と言われた時も、女は断った。離婚で、子どもにつらい思いをさせた。男にも、家庭を壊させたくなかった。
子どもを預け、雪祭りに行った。「毎年、来よう」と、ベッドの中で約束した。雪が降り積むように、毎年の雪の思い出が重なっていった。
ある日、スナック前の横断歩道で、男は車にはねられた。瀕死の重傷だった。女は救急車を呼び、家族に連絡をした。
3カ月の入院だった。妻が付ききりで看病した。女は毎日のように自転車で病院に行った。しかし、病室の窓を見上げて、「窓を開けて。私が下にいるのよ」と、心で叫ぶだけだった。
退院の日が決まった。妻の目を盗んで、男は電話をかけて知らせた。退院日は、女の誕生日でもあった。「退院祝いと誕生祝いを一緒にしよう」
その日が来た。男は家に帰り、女のもとには現れなかった。
それからも2人は会った。雪祭りの旅も年中行事だった。しかし、雪が心の熱をさましていくように、女は感じていた。
知り合って10年目のある日、男が泣きながら電話をしてきた。「うちのがおかしい。きつい更年期障害のようで、入院を勧められた」。女はもう冷静だった。「家族の愛が1番。面倒をみてあげて。こっちの方はいいから」。女から電話をかけることはなくなった。
女はかまくらの写真を時々見る。女は白いドレス、男はモーニングの上着。貸衣装で撮った。ライトアップの光の中で。(梶川伸)=2006年10月7日の毎日新聞に掲載されたものを再掲載2014.10.13
更新日時 2014/10/13