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もういちど男と女(36) 最後の恋

切り絵=成田一徹

 男は「これが最後の恋」と言う。ありきたりの言葉だが、ニュアンスが違う。相手も男である。
 若いころ、京都のお茶屋で過ごした。花柳界や芸ごとにかかわる男性の中には、どこか柔らかい印象を与える人がいた。男同士の世界があることも、知ってはいた。
 22歳で普通に結婚し、4年で破局を迎えた。男性にひかれたためだった。「結局、過ごした環境のせいでしょうか」と、男は分析する。
 最初の相手は客の1人で、10歳ほど年上だった。誘われて、飲みに行き、食べに行った。「お金ようけ持ってはるし、かっこええし」
 「一緒にいられるとええのに」。思いは深まった。ただし、人に言える話ではなかった。
 ハイヤーで迎えに行ったことがあった。月のきれいな夜だった。池のそばで車を止め、月見としゃれ込んだ。池を巡りながら、思い切って好きだと打ち明けた。
 「しょっちゅうおうてくれとは言いしません」「わしは嫁も子もおるんやで」「ご飯食べだけやったら、何や切ない」。そんな会話の後、相手がキスをしてくれた。
 1月ほどして、ステーキをごちそうになった後、ホテルに行った。お互いに初めてのことだった。「どないするねん」「分かれしません」。結局、相手を喜ばせることだけに終始した。自分は、何もしてもらわなくてよかった。
 「電話はかけてきなや」。相手はくぎをさしたうえで、逢瀬(おうせ)は重ねた。7年間続き、男が四国に引っ越して、疎遠になった。
 四国に移っても、男性を求めた。最初の夜と同様、男は奉仕するだけで、家に帰ってから自分で処理をした。
 付き合った相手は十指にあまる。みんな未経験者だった。「最初のベッドでは、マグロのように寝ているだけ。2回目になると、自分の体に腕を回してくる」。その変化にも満足感があった。
 昨年、ある集まりで意気投合した男性が、最後の恋だと思っている。ジャズのライブを2人で聞きに行き、「あんたのこと好きや」と告げた。
 「家内もおるんやで」。いつもと同じドラマが始まった。次に会った時、「どっかで休んでいこう」と求めた。ベッドでも同じことの繰り返しだった。「こんなん初めてや。最初で最後やで」。男は手ほどきをした。
 「最後やで」の言葉通りにはならなかった。いつも、「良かった?」と聞いてみる。おせじでも、うなずいてくれれば、それだけでいい。
 今まで、好きになっても、一緒に住もうとは思わなかった。「男同士は飽きっぽい」と気づいている。でも、今回は大事にしたい。
 男は61歳。「あと4~5年。65にもなれば恋も終わりや」。年齢のことを考えるようになった。(梶川伸)=2007年1月27日の毎日新聞に掲載されたものを再掲載2015.01.16

更新日時 2015/01/16


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