もういちど男と女(07) カミーユ
友だちは「カミーユ」と呼んだ。ロダンを愛した彫刻家、カミーユ・クローデルの作品を、展覧会で見てからだった。
その作品「分別ざかり」には、3人の男女が登場する。真ん中に年配の男性が立つ。ロダンだろう。片手を女性が引っ張っている。妻であろう。もう一方を、若い女性が引く。カミーユ・クローデルに違いない。彼女は思いかなわず、心を病んでいく。
女が愛した男にも、妻がいた。愛の激しさも似ていた。違うのは、23年かかって男を自分1人のものとしたことだった。男は離婚した。
結婚届けは出していない。「相手(妻)にとって、私は仇(かたき)。自分だけが幸せになるので、祝福しないで」と、女は友だちに言う。許しをこうため、寺参りを続けている。
女が30歳の時だった。友人の店で、1人飲んでいた。男はたまたま横に座り、血液型の話で意気投合した。
男は静岡県に住んでいる。月のうち半分は、女のいる四国に仕事で行く、と話した。男は電話番号を聞いた。女が話をはぐらかすと、店の友人が「信用できるお客さんだから」と言って、番号を書いた紙を渡した。
男は最終のフェリーに乗るために店を出た。女はふと思った。「2度と会えないと寂しいな」。それが始まりだった。
1週間後、女は電話を受けた。「あなたの夢を見ました」。口実とわかってはいたが、悪い気はしなかった。「近いうちにお会いしたい」。申し出を受け、情熱的なデートへと展開していった。
男は家の話をしなかった。女は「こっちにいる時は、全部私と付き合ってくれる」と感じた。それでも、しっとはある。男の家に、無言電話をかけたこともあった。
向こうからも電話があった。妻の妹と名乗ったが、妻本人とピンときた。「夫婦仲良くしてるんです。別れてください」。女は振り切った。「別れたくありません」
知らない男性が、自宅前をうろついていることがあった。問い詰めているうち、アタッシュケースから、自分のストッキングが出てきた。興信所の人だった。
女は2人のことを占ってもらった。「5色の糸で結ばれている」。修羅場の最中には、そんな言葉がうれしかった。
時が過ぎて、男は女の両親に許しを求めに来た。「50ずらをさげて、カチカチになって」。それが女の記憶である。
7歳年上の妻子持ち。両親が納得するわけがない。女は訴えた。「この人が生きがい」。両親は折れざるを得なかった。
男は最近、軽い心筋こうそくを起こした。ニトロが放せない。女は心配でなので、ギャーギャー言う。奪う愛から支える愛へ。2人になって、愛の形が変わったと、女は感じている。(梶川伸)2006年5月27日の毎日新聞夕刊に掲載されたものを再掲載2014.06.14
更新日時 2014/06/24