阪大の先生⑪大上正直さん フィリピン語の重要性
フィリピンは英語圏の国という認識が強い。事実、都市部は英語だけでも通用するのだが、市民が日常で使うのは現地語であるフィリピン語だ。「マニラのタクシーでも、フィリピン語で話しかけると、とたんに打ち解けるよ」と教えてくれるのは、大阪大学言語文化研究科の大上正直教授だ。
インタビューの冒頭、見せてくれたのは、黄ばんでボロボロになったタブロイド新聞だ。日付は1974年12月15日。1面はルバング島の旧日本兵遺骨収集団のニュースが掲載されている。「大学の後輩がボランティアでこれに参加していたのが、私とフィリピンを結びつけるきっかけ」と話す。そこから興味を持ち、1976年に外務省に入省すると、研修後にフィリピンへ渡った。仕事と並行してフィリピン大学に留学し、外国人として初めてフィリピン文学研究科の修士課程を修了。現地語のスペシャリストとして、1991年まで勤めた(大使館勤務は、そのうち8年半)。
「大使館にいた時は、議員さんもたくさん案内した。スラム街のスモーキーマウンテンもね。『こんなところは見たくない』という人もいたが、『これがフィリピンの現実。貧富の差がこんなにあることを認識してほしい』と、連れて行った」と笑う。
大上さんは、日本にとってフィリピン語は、今後とても重要になると話す。2010年現在、在日フィリピン人は約21万人。中国、韓国・北朝鮮、ブラジルに次ぐ多さだ。「制度が変わり、フィリピン人の看護師や介護福祉士も増えていく。彼らは英語を使えるかもしれないが、その家族はフィリピン語を主要言語とすることも多い。しかし日本にはそれに対応する体制がない」と訴える。大上さんのもとには、毎年フィリピン語を学ぶ学生が集まるが、「就職に直結しない言語なので、卒業後は使わなくなる。司法通訳など、ほとんどボランティアでやるようなもの。今から対策を立てていかないと、大きな社会問題になる」と警鐘を鳴らす。
大上さんは対策の1つとして、日本初のフィリピン語辞書の制作をライフワークとしている。「今でだいたい7割くらいできたかな。なんとか停年までに完成させたい。マイナー言語の辞書は数万円することも少なくないが、できるだけ気軽に手にとってもらえるように、価格は抑えたい」と力を込めた。(礒野健一)
更新日時 2012/08/09