心にしみる一言(394) 主人が最後に摘果したリンゴです
◇一言◇
主人が最後に摘果したリンゴです
◇本文◇
長野県辰野町のリンゴ農家を訪ねたことがある。2019年の5月だった。リンゴの花を見たかったからだ。
友人が毎年、リンゴを送ってもらっているで頼み込み、一緒に行った。大阪カら行き帰りとも夜行バスで、0泊3日の強行スケジュールだった。
待ち合わせ場所に、奥さんが車で迎えに来てくれた。明るい人だった。正午をすぎたころで、「料亭を予約しているので、昼ご飯を食べに行きましょう」と言う。面食らっていると、連れていかれたのは、自分の家だった。
部屋に入ると、すっかり準備ができていた。メーンはタケノコご飯。ほかにマスの南蛮漬け、山菜の天ぷら、野菜類。タケノコがおいしくて、お代わりまでしてしまった。奥さんは台所までよそいに行った。
食事の間、家主夫婦は「先に食べた」と言って、料理には手をつけなかった。ご主人は穏やかな人で、リンゴに関する質問に丁寧に答えてくれた。
それから3年が過ぎ、リンゴの季節になって、そのご主人が亡くなったと聞いた。友人は聴聞に行った。私は地元の刻みなら漬けを託した。料亭料理をごちそうになった時、お代わりした炊き込みご飯は、ご主人のために残していたのではなったかと、ずっと気になっていたので、お供えは食べ物にした。
しばらくして、リンゴが1箱届いた。簡単な手紙が入っていた。「主人が最後に摘果したリンゴです。シナノゴールド、お召上がりいただけますと感謝です」
。料亭の食事のあと、ご主人にリンゴ園に連れて行ってもらったことを思い出す。花はまだ1分から2分。1カ所から5つほどの花がつき、真ん中を残すという。赤の強いピンクのつぼみだが、咲くと白くなる。遠く南アルプスの山には雪が残っていた。(梶川伸)2022.11.26
更新日時 2022/11/26