このエントリーをはてなブックマークに追加

心にしみる一言(220) 私、生きてますよ

「1.17」を示した花文字

◇一言◇
 私、生きてますよ

◇本文◇
 阪神大震災の記念日の時期になると、思い出すことがある。和歌山県からかかってきた1本の電話だ。
 毎日新聞に入って、初任地は和歌山だった。そのころ、森永ヒ素ミルク中堂の問題が再びクローズアップされていた。粉ミルクの製造過程でヒ素が混じり、たくさんの赤ちゃんが亡くなったり、中毒症状に冒されたりした。その子どもたちが思春期を迎え、課題や問題が再び浮かび上がったからだった。
 取材の過程で、重症で入院中の被害者の女性と知り合い、仲良くなった。それは問題の深刻さがもたらした交流だったような気がする。読売新聞の記者と誘い合わせて、彼女を遊びに連れ出したこともある。それも、新聞記者という立場を越えたものだった。やがて私は転勤になり、各地を転々としているうち、手紙のやりとりも途絶えてしまった。
1995年1月17日の阪神大震災の後、大阪の職場に電話がかかってきた。「私、生きてますよ」。彼女だった。25年もたって聞く声だった。
 震災に関する署名記事を見て、私を思い出したのだという。しばらく、昔話に花が咲いた。人間の生きる力の強さを知るとともに、新聞記者青春時代につながれた糸が、切れずにいたことがうれしかった。(梶川伸)2020.01.29

更新日時 2020/01/29


関連リンク