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寺の花ものがたり(66) 橘寺(奈良県明日香村)芙蓉

2005年9月1日撮影

聖徳太子はこの地で生まれたという。太子は推古天皇の命により、勝鬘経(しょうまんきょう)を3日間にわたって講義した。その時に、大きな蓮(はす)の花が降ってきて、庭に積もったという伝説がある。
 「本当は蓮を植えたかったのだが」と、住職の高内良正さんは言う。「蓮を育てるには泥がいるが、境内の池はかんがい用で」と残念がる。そこで、蓮の別称でもある芙蓉(ふよう)を大切にする。
 もらった芙蓉を、差し芽で増やしていった。1997年に、念仏、写経の道場として往生院を再建した。その横を、酔(すい)芙蓉の園として整備した。朝白く咲き、次第に赤みを増して、夕方にはしぼむ。「1本の木に白と赤が混じるのがいい」と、気に入っている。
 1日の中でも、正午ごろの花が好きだと言う。「ほんのり酔った女性のほおのようにつやがある」と微笑む。住職自身も酒が好きなのだろうと思って聞くと、「酒は毎晩。医者に止められん限り飲む。元気の秘訣」と言って、今度は大きな声で笑った。
 境内の芙蓉は150株ほど。12月に根元から茎を切る。春になると、株からたくさんの芽が出る。それを間引いて、1株に10本くらにして育てる。茎の数では膨大になる。花は長い期間、次々と咲く。「ある枝に咲くと、次は隣りの枝に咲く」。順番に花をつける様子を、「人間より行儀がいい」と評す。
 花が好きで、「空き地があったら、何なと植える」。芙蓉の周りは、玉簾(たますだれ)が小さな垣根を作っていた。
 往生院の天井には、260のます目に、さまざまな花が鮮やかに描かれている。「寝転んで見てもいい」と寛大だ。縁に座って酔芙蓉園を眺める。穏やかな風が入ってくる。「極楽のあまり風」という、素敵な言葉を聞いた。(梶川伸)

◇橘寺(たちばなでら)◇
奈良県高市郡明日香村橘532。0744-54-2026。近鉄橿原神宮駅からバスで岡橋本前下車、徒歩3分。岡寺駅からは徒歩30分。飛鳥駅からレンタサイクルが便利。入山料350円。聖徳太子建立七大寺の1つと伝えられる。聖徳太子勝鬘経講讃像、六臂(ろっぴ)如意輪観音などが重文。
=2005年9月22日の毎日新聞に掲載したものを再掲載(状況が変わっている可能性もありますのでご了承ください)2016.09.05

聖徳太子 推古天皇 勝鬘経

更新日時 2016/09/05


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