寺の花ものがたり(44) 海龍王寺(奈良市)雪柳=3月下旬~4月上旬
土塀を持つ簡素な山門をくぐると、拝観の受け付けをする小さな建物があった。住職の石川重元さんは、その小屋にちょこんと座っていた。
境内はそれほど広くはない。雪柳(ゆきやなぎ)は本堂や塀を、白い小花で染める。株数を聞いてみた。「検討がつかないので、境内一円に生えてます、と言うんです」。誠実な答えが返ってきた。
雪柳は自生していたものが、次第に増えていった。祖父の代に庭を整備し、株分けをして、木が抜けた跡を埋めたものもあるが、「意識して増やしたものではない」と言う。
境内の花の種類は、それほど多くはない。「祖父は四季の彩りとして、ほかにどんな花を植えようかと考えたこともあったようだ。しかし、雪柳のイメージが強く、それだけを感じてもらおう、となった」
寺に対する基本的な考え方も、背景にはあるようだ。「文化観光施設でもあるが、本来は信仰の場。そのことに力を入れる」
雪柳への思い入れは強い。「白いたわわな花が風に揺れた時は美しい」。参拝者も声を上げることがある。だが、参拝者が知らない美も語る。「月明かりの夜は、名のごとく、雪が積もるように垂れ下がる」
白という色にもひかれる。「すがすがしいし、何にでも合う。どんな人も受け入れてくれる。しかし、きたない色にそまれば、きたなくもなる。きれいにすれば、さらにきれいさが浮かび上がる」
盛りが過ぎると、花は粉雪のように散る。受け付けにも吹き込む。「お寺さんの話が聞けた、と喜んでもらえるとうれしい。僧侶は職種の一つだから、気軽に話してほしい」。そんな言葉に甘えて、寺に流れている違う時の流れを住職と共有した。(梶川伸)
◇海龍王寺◇
奈良市法華寺町897。0742-33-5765。近鉄大和西大寺駅からバスで法華寺前下車。拝観有料。奈良時代の建立。遣唐使の玄昉(げんぼう)が帰国の途で暴風雨に遭い、海龍王経を唱えて5000巻の経論を持ち帰った。玄昉はこの寺に住し、寺号を海龍王寺とした。
=2005ね4月7日の毎日新聞に掲載したものを再掲載(状況が変わっている可能性がありますのでご了承ください)
更新日時 2016/02/21