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豊中運動場100年(42) 中等学校野球大会準決勝/京都二中が再試合制す/和歌山中を破り決勝へ

雨天ノーゲームで再試合となった準決勝の和歌山中―京都二中の結果を伝える大阪毎日新聞の記事 - コピー

 現在の阪急豊中駅は周辺に商業ビルが建ち並びにぎやかな街並みが広がる。豊中運動場で全国中等学校優勝野球大会(現在の夏の甲子園大会)第1回大会が開かれた1915年8月当時は、まだまだのどかな停留場だった。運動場までの道路沿いにようやく日本生命の社宅が建ち始めていたが、駅の周辺には平屋建ての“売店”があるだけで短いホームに降り立つと歓声がそのまま耳に入った。
 準決勝第2試合の和歌山中―京都二中戦は、突然の豪雨に襲われて九回裏1―1の同点のままノーゲームとなる。翌日の8月22日、仕切り直しの再試合が行われた。
 この日は日曜日。折りしも前日の試合では和歌山中・戸田省三投手、京都二中・藤田元投手の緊迫した投手戦となったことが評判となり、豊中運動場は超満員になった。
 好投手と前評判の高かった和歌山中の戸田投手だが、この日で3連投になる。京都二中が戸田投手を打ち崩せるのか、好調な和歌山中打線がそれを上回る攻撃を見せるのかが焦点になった。
 京都二中は1回裏2死から、敵失と綾木保次郎選手の適時打で2点を先制する。対して和歌山中は2回表、1死1、3塁で小笠原道生選手が右前に適時打を放ちすぐに同点に追い付いた。両校とも前日の勢いをそのままぶつけ合った。
 しかし京都二中は、3連投の疲れからか球威が落ち始めた戸田投手を攻め立てた。3回、4回、5回、6回と、長短打に犠打を交えて揺さぶりをかけ、和歌山中の守備陣の乱れもさそい、1点ずつ加点していく。7回裏には意表を突くダブルスチールで8点目を挙げた。一方和歌山中は打8回表、1死満塁から押し出しの四球などで3点を追加して激しく食い下がった。疲れの見え始めた藤田投手は四球を連発するものの決定打は出ない。和歌山中は反撃もむなしく破れ、京都二中が決勝進出を決めた。
 京都二中は9安打、2失策。和歌山中は4安打、9失策。攻守の数字の差がそのまま結果に出てしまう試合だった。
 準決勝第2試合に引き続き、大会委員による紅白戦があった。京都帝国大学や第三高等学校、神戸高等商業などの現役選手でつくる白組と、早稲田、慶応、三高などのOB選手でつくる紅組の対戦は紅組の勝利。当時のスター選手が登場するとあって大いに盛り上がった。
 決勝は秋田中と京都二中の対戦となった。3連投