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心にしみる一言(6) 長女にお乳を含ませ、胸に力一杯抱きしめました 

2001年6月14日の毎日新聞(「莞達嶺」のルビが「かんれいたつ)になっているのは間違えで、正しくは「かんたつれい」)

◇一言
長女にお乳を含ませ、胸に力一杯抱きしめました

◇本文
 優しい言葉の裏側に、想像を絶するような戦争のむごさがある。抱きしめられた長女は、やがて事切れる。そうするための、死への抱擁だった。
 終戦の直前、旧満州(中国東北部)に旧ソ連軍の戦車部隊が入ってきた。中山茂子さんは夫、長女とともに、逃避行の群れの中にいた。
 「子どもを泣かすな。聞かれると全滅する」。指示が伝わってきた。雨は降る。足は痛い。
 「幸せはこれまで。2人の死を見届け、おれも死ぬ」。夫は刀を抜いた。中山さんは長女にお乳を含ませ、腕に力を入れた。「刺して」と訴えると、夫はしゃがみ込んだ。「おれにはできん」
 夫は抑留され、凍傷がもとで亡くなった。体験を「莞達嶺(かんたつれい)の挽歌(ばんか)」に著した中山さんは、「戦争はその土地に住む全員を犠牲にする」と語った。(梶川伸)
=2001年6月14日の毎日新聞夕刊に掲載されたものを再掲載2012.02.02

莞達嶺 抑留

更新日時 2015/02/02


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