もういちど男と女(32) 恋愛未遂
長い別居生活だった。夫との話し合いはやっと決着して、間もなく離婚が正式に決まる。女にはどこか解放感があった。
そんな時期に、東北で集まりがあった。女は気心の知れた友人と参加した。2次会で、スリランカから招かれた男が女を見ていた。10歳前後も若く、いい男ぶりだった。女は軽く手を振った。
お開きになると、男が話しかけてきた。女は片言の英語で応じた。別れ際に男はメモを渡した。ホテルのルームナンバーが書いてあった。「後で遊びに来い」と言う。
女は幹事役に、男のことを聞いた。実業家で、離婚したらしい。それだけの情報だったが、好奇心もあって、友人と部屋を訪ねてみた。
3人でラウンジに行った。カクテルを飲み、英語の単語を並べて話した。いったん部屋に戻ると、男が女に言った。「あなただけ残れ」
直裁な言葉に驚いた。友人は「おったりーな」と言って笑ったが、女はさすがに「ノー」と答えた。しかし、携帯電話の番号は知らせたのだから、悪い気はしなかったともいえる。
行動的な男だった。女が自分のホテルに着くと、フロントにメッセージが届いていた。「明日の朝10時に出発する。8時に部屋に来てほしい」。女はこれも断った。
翌日、女の携帯電話が鳴った。男からだった。「仕事で東京へ向かう」。女は「グッバイ」と別れを告げた。
3日後、男から電話があった。「帰国する。機会があれば、ぜひスリランカに来てほしい」
女は離婚が成立した。それを記念するように、勤続20年の賞与と1週間の休暇をもらった。どこか、外国に行ってみたい。行き先を試案してると、男から国際電話が入った。「来てほしい」。女は思わず「オーケー」を出した。
再会の日が近づくにつれて、心が躍った。今度は女から電話を入れた。男は離婚していても、子どもがいるかもしれない。土産の数を相談をしたかった。
女性が電話に出た。男の会社の従業員だと思ったが、「ワイフ」と言った。「あ~、嫁がおったんや」。独身というのは、間違い情報だった。思わず、「アイム・ソーリ」が口から出た。
確かめもせずに、心をときめかしていた。勘違いだからといって、いまさら中止はできない。妻と息子、娘の土産も携えて出発した。恋愛未遂を確認する旅になった。
男は家族同伴で観光地を回り、ゴルフにも案内した。ワイフはしっかり者で、料理を振る舞い、手づくりのレースを土産持てせてくれた。
その後、男は商用で日本に来た。女は和食の店に招待した。自分の息子も同席した。男がまた、女にだけ残れとささやいた。懲りない男だった。(梶川伸)2006年12月9日の毎日新聞に掲載したものを再掲載2014.12.19
更新日時 2014/12/19