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編集長のズボラ料理(76)ダイコンのたくわん和え

単純な味なのだが、酒のつまみには良い

 「お世話になったけど、今月いっぱいやねん」
 その言葉を聞いて、妙に納得した。大阪市・北新地のはずれの居酒屋「大輝」のおばちゃんの言葉である。80代も半ばで、家賃の払いにも苦労していると聞いていた。いつも適当なことばかり言っていたおばちゃんではあるが、もう潮時か。その日は、しみじみとして店を出た。
 思えば、30年ほどの付き合いで、世話になった。仕事仲間と夜中に行って、午前5時まで飲んだこともある。おばちゃんも若かったから、それに付き合った。仲間の1人が酔いつぶれてしまったので、店に泊めてもらったこともある。
おばちゃんに誘われて、常連たちがマツタケ狩りに行ったこともある。山を案内した人が、マツタケを1本ずつ探してくれ、土産にできると思ったら、記念撮影だけ。あとはその人に店に行って、外国産のマツタケのすき焼きで、結構高い料金を払った。聞いてみれば、その人は大輝の客だという。
おばちゃんの案内で、800グラムの豚カツを食べに行ったこともある。揚げるのに時間がかかるので、その店の子ども世話を頼まれ、花火をして待った。聞いてみれば、大輝の客の1人だという。まあ、適当な言葉で、うまいこと使われているのだが、どこか憎めないところがある。
月末の前日、つまり最終日のイブに、友人と大輝で待ち合わせ、名残の酒を飲むことにした。僕が先に店に着き、「最後の酒を飲む」と告げた。おばちゃんはすかさず、「もうちょっと延びてん」。何、適当な言葉にひっかかってしまったのか。「話半分」はおばちゃんとの付き合いの鉄則だったはずだが、今回もまた。
やがて友人が来た。「おばちゃん、お疲れさんでした」と言って、ケーキを手渡した。おばちゃんはすかさず、「もうちょっと延びてん」と言って、ためらいなくケーキを受け取った。友人は一瞬固まった後、「それは良かった」。まあ、そうしか言いようがなかったわけだが。
 それでもおばちゃんは気を使っていたのか、毛ガニを1杯出してくれた。身を全部取り出して、甲羅と皿の上に乗せていた。
その時に出てきたのが、ダイコンの細切りを、タクワンの細切りであえただけのものだった。味つけはない。料理ともいえない、至極適当な食べ物である。
僕はダイコン好きを広く知らせているので、京都府福知山市・夜久野の火山灰で育てたダイコンをもらったことがある。何もつけずに、会社でガリガリ食べた。
その夜は先輩と合うことになっていたので、わざわざダイコンを食べやすい大きさに切って持っていった。ところが全然喜ばない。腹が立って、食べ残しを大輝に持って行った。おばちゃんが作ったのが、たくわん和えだった。思い出な適当な味が、うその最後の晩餐(ばんさん)で出てくる因縁。だが待てよ、1回目の時は、僕のものであるダイコンも、料金に組み入れられていたのではないか。それを確認して、その分のお金を取り戻すまでは、店をやめてもらっては困る。(梶川伸)

更新日時 2014/03/01


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