編集長のズボラ料理(26) べったらサーモン
僕のおふくろは、ご飯の時に「漬け物さえあれば、なあーんもいらん」と言うのが口癖だった。僕も60を過ぎて、その域に達してきた。生きた年数と、漬け物好き指数は正比例するに違いない。いや、正比例どころか、人生の半ば以降は加速度を増し、漬け物だるにどっぷりと漬かっていく。
大阪・北新地のはずれに、居酒屋「大輝」がある。女将はおふくろほどの年齢だが、なかなか肝っ玉が据わっている。雑誌や新聞から取材を受けると、何年もの間、50代で通していた。2年ほど前、ついに実年齢を告白し、80代に入ったと言っていたから、何十年も年をとらなかったことになる。お化けである。
そんなつわものなので、話は面白いのだが、聞いている方は混乱する。店で出すゆで卵は、「伊勢神宮の卵」と言い張る。ほんまかいな。僕はスーパーで、イセ食品の卵というのを見たことがあるので、密かにそれではないかと疑っている。
女将は大変な苦労人だ。3歳の時から、芸者の履物を揃える仕事をしていたと言う。ウ~ンとうなる。だが、泣ける話なので、これは信じることにしている。
仕事ばかりで、ほとんど遊びに行ったことがないとも話す。そして夢は、ハワイに行って、ビキニを着ることだと明かした。この話に僕の含め、店の客が乗った。「おばちゃんとハワイに行こう」
夢は実現した。ただし、ハワイは金がかかるので、鳥取県の羽合(はわい)温泉で我慢してもらった。カニ食べ放題の安い日帰りのバスツアーである。
はわいの旅館で、焼きガニが始まった。すると女将は係の人に頼んだ。「漬け物ちょうだい」。一口もカニを食べていないのに、である。漬け物が来た。「キュウリのキュウちゃんみたいなもん、大阪でも食べられる」と、だだをこねる。仕方がないので、温泉に入っての帰り、トイレ休憩の道の駅で地元の漬け物を買った。それをバスの中で食べ、はわいへの旅は終わった。ビキニ姿を見ることはなかったが。
べったら漬けを買ってくる。薄い輪切りにして、スモークサーモンを挟んでサンドイッチ状態にし、少し時間を置いてから食べる。サーモンは切り落としで良いが、厚めで脂がのっているものが合うような気がする。(梶川伸)
更新日時 2012/02/27