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災害時のライフライン⑤ 関西電力の対応<下>

東日本大震災の電力復旧作業に赴いた、左から石田和義さん、小林忍さん、紙谷充紀さん。後ろは現場で作業員が寝泊まりし、指揮を執ったサポートカー

 実際に大規模災害が起きた場合、関西電力は非常災害対策本部を設置する。本部は社内各所だけでなく、国や府県、警察、消防などと連携した行動指針を指令する。最近では東日本大震災の時に、太平洋岸に津波警報が発令されたことに応じて設置されたほか、昨年は台風接近に伴って設置されたという。

 大規模災害からの電力復旧には数日を要する。その間、病院など緊急性の高い場所へ電力を供給するため、関西電力では16台の発電機車を用意している(豊中・池田地区を管轄する大阪北給電制御所は2台保有)。通信手段が途絶えた時のために、各事業所を結ぶ独自の通信網もあり、小曽根システムセンター(豊中市浜4)には大きな電波塔がある。

 大規模災害時は、各電力会社が協力し合う。阪神大震災では関西電力が他社に協力を仰ぎ、東日本大震災では関西電力から延べ50人が東北電力の復旧支援に駆け付けた。第1陣は震災発生の翌日に大阪を出発し、18時間かけて宮城県名取市に到着。発電機車による応急送電作業などに従事した。

 現場で作業をした大阪北ネットワークエンジニアリグセンター(大阪市北区)の小林忍さんは「街そのものがなくなっていることにぼう然となったが、自分たちができることをしよう」と作業にあたった。紙谷充紀さんは「被災者の方々に変に気をつかうのではなく、黙々と仕事をこなした。それでも電気が通った時は拍手をもらい、うれしかった」と話した。

 指揮を執った石田和義さんは、「私も含めて、応援に駆け付けた電力会社の人間は、当たり前のことをしただけという意識しかない。少しでも早く、多くの人に電気を届けたいという思いだけ」と語る。小林さんは「仕事に誇りがある。災害時は『俺たちに任せろ』という気持ち」と力強く語った。(礒野健一)
=地域密着新聞「マチゴト豊中・池田」26号(2011年7月21日)

関西電力 東日本大震災

更新日時 2011/07/21


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