編集長のズボラ料理⑭ 梅干しの茶碗蒸し
茶わん蒸しは曲者だ。茶わん蒸しだけで食べることはないので添え物ではあるが、必要でもあり、必要でもないのだ。
僕らぐらいが泊まる宿では、夕食に必ず茶わん蒸しがついている。それ自体、そう値の張るものではないだろうから、きっと1品多く見せるための作戦に違いない。その場合、僕は食べ方のルールを決めている。茶わん蒸しは最後の選択肢として残しておくのだ。
おかずでビールと酒を飲む。それだけで満足すれば、それで良し。これを茶わん無視と言う。物足りなければ、ご飯を食べるが、みそ汁と漬け物だけではちょっと寂しい。そんな時、茶わん蒸しが「待ってました」とばかりに、自己主張してくるので、さりげなく受け入れる。
家族ですし屋に行くとする。娘、息子が子どものころは、パクパクよく食べる。料金が心配になってくる。そうなると、次のネタを注文しようとする瞬間に、「茶わん蒸し」と声をあげる。子どもは量にごまかされ、金もセーブされるので、心の中では「茶わん蒸し様」と丁寧にお出迎えする。
以前、河内長野市の料理店を取材したことがある。そこの茶わん蒸しには、意表をつかれた。具は梅干しだけ。2011年初め、親類の法事の後の食事会が和歌山市のホテル「萬波」であった。何と、ここでも梅干しの茶わん蒸しが出たのだ。15年ぶりの再会以来、茶わん蒸しに謝り、偏見を捨てた。
特別な作り方ではない。生卵とだしを混ぜて溶き、茶わん蒸しのもとを用意する。器の底に梅干し1つを置き、その上から注ぐ。量は容器の7分程度。梅干しはハチミツを使ったような甘めのものが良い。普通のものなら、少し酒をふって、塩味や酸味を抑える。僕は面倒臭いから、レンジでチーンをして完成させる。
7分程度にしたのには訳がある。小鍋に水を入れ、和風だしのもととコンソメスープのもとを入れて煮立て、最後に青ノリの粉を加え、素早く溶いたクズを入れてとろみをつける。これを茶わん蒸しの上に乗せる。萬波では、青ノリの代わりに大葉の細切りとシラスだった。
もし、お客さんに出すときは、何も話してはいけない。客が梅干しを発見した時の表情を楽しむのだ。突き詰めれば、それだけが楽しみの料理である。(梶川伸)
更新日時 2011/07/04