心にしみる一言(371) 重文だと、ケースに入れたりしなければならないので、申請もしません
◇一言◇
重文だと、ケースに入たりしなければならないので、申請もしません
◇品分◇
昭和から平成に変わる時期の1年半、毎日新聞の奈良支局の勤務だった。とても忙しい時期だったので、せっかく奈良にいなから、ほとんど寺に行ったことがなかった。その反動で、奈良を離れてから、奈良の寺を回るようになった。
間もなく、とても印象に残る寺に行き合わせた。古代の霊峰、三輪山を望む桜井市の
慶田寺だった
雨の寒い日だった。気取りのない寺で、庫裏の玄関に火鉢が置かれていた。
十一面観音を見せてもらった。美しい女性に伴われ、本堂とは別の部屋へ。初対面の私を先に歩かせて案内するような、奥床しい方だった。仏像は厨子(ずし)にも入らず、特別な囲いもない。インド系のエキゾチックな顔に、スリムなボディーが印象的だった。
「間近に見ることができますね」と話しかける。「直に見て、お参りしてもらおう、と住職が言いまして。仏さまもお喜びになる」と返答した。
次いで、取り上げた言葉。「重文だと、ケースにいれたりしなければならないので、申請もしません」
十一面観音について書かれた本を見ていくよう勧められた。一冊には、白鳳時代の作とあった。「白鳳の仏像は童顔なんですが」と女性。貞観時代のイメージがあるという。よくご存じだが、不明な点は、わざわざ知っている人に聞いてくださる親切な方だった。
新潟の画家が、この仏像に魅せられ、3日間泊り込んだという。魅力は寺の雰囲気にもあったのだろう。半時間の訪問でも、感じたのだから。
印象深かったので、小さなコラムに書いたことがある。この文章をは、それをもとにして書いた。寺の写真が残っていないのが残念。(梶川伸)2022.04.22
更新日時 2022/04/22