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心にしみる一言(346) 死んでむなしいと思う。しかし、魂は残された人を心配して、愛する人のところに来ているんですよ。

こころ遍路の記事

◇一言◇
 死んでむなしいと思う。しかし、魂は残された人を心配して、愛する人のところに来ているんですよ。

◇本文◇
 遍路をテーマにした連載「こころ遍路」を執筆した際、京都市・嵯峨野の寂庵を訪ね、瀬戸内寂聴さんを取材したことがある。2005年8月1日のことだった。
 大きな丸テーブルをはさんでインタビューし、何か違和感を感じていたが、取材が終わったあと、寂聴さん秘書役の女性が「耳が遠くなっていて、質問をカンでとらえ、答ええていることがある」と教えてくれた。
 その時のメモが残っている。追悼の意を込めて、寂聴さんの言葉を並べてみる。

・娘を亡くし、毎日毎日泣きわめいて、手のつけられない女性がいた。遍路に行くことを勧めた。(私と)一緒なら行くという。ご主人も一緒に行った。3つくらい(寺を)回ったところで、「鐘をついてごらん」(と勧めた)。いい音がした。人を見たら泣いて、笑ったことのない人が、ニコッとした。「もう1度ついてごらん」。気持ちよさそうな顔をした。その後、ご主人と回った。淡々とした気持ちになった。
・〈上の項目の「続き〉いつも泣いていた。「あなた1人じゃないでしょ」「私にとっては娘だけ」。2日付き合った。満願すると、全く穏やかな顔になっていた。(遍路には)癒される何かがある。
・札所から札所に行って拝むだけ。どうってことないんです。歩いていく。車で行っても歩く。淡々と穏やかになる。落ち着く。
・1番最初は西国観音霊場。「ひらたさん」の行(ぎょう)に付いていった。ひらたさんはは千葉に満願寺。どういう風に参拝するか教えてもらった。なぜ参加したか、バスの中で話した。インテリもいた。ずっと働いて、何かむなしい思いを持っている人もいた。普通の人もいっぱい。一緒の部屋に寝て、同じ行動をする。行っている間は平等ですよ。悲しみや悩みを持っていて引き合う。
・旅ではあるが、単なる観光旅行とは違う。それはお遍路は行です。人間が喜びを持つのは、快楽だけではない。規制や行であっても喜びはある。それが自然と出てくる。
・一緒に行くと、へばれば相手も遅れますから。1人でするのもいいです。
・若い人が多くなった。大学を出る前に歩きたかった、という人もいる。
・目的があって行をするので顔が変わります。また元に戻りますが、1度変わったことは、1度も変わらなかったこととは違う。
・四国と西国。西国の寺はきれいです。
・(遍路をする人の中には)昔はハンセン病の人が多くて怖かった。春になって鈴の音。きれいです。
・いまはブーム。楽しいから。苦だけじゃない。楽しいから。
・世の中が変。だから悩みがある。職がない。自分が本当にしたいことができない。不安ですよね。何かを求めているが、だれに聞いても答えてくれない。
・遍路は回るという目的を果たす。達成感がある。ただし、回ったからといって、何もくれない。無償がいい。
・実家は徳島。母が夜になると、日本てぬぐいの端を縫って、袋を作った。電気を低くして、夜なべ仕事で。袋の中に、はがきや胃腸薬、歯磨き、あめなどを入れた。町角の台に置く。置いてくるのが子どもの役目。瀬戸内とかどこの誰とか書いてあるわけではない。どこの誰かもわからないものを、(お遍路さんが)1つずつもらっていく。なくなると、また夜なべする。「何のためにするの」と聞いたら、「お遍路さんは修行しているのだから」。(お接待=お遍路さんをもてなすこと)する方も功徳になる。そんな名残が四国にはある。心が温かい。気持ちが洗われる。
・四国を回るのは、非日常の世界、非日常の時間に入る。原稿用紙を持っていかないもん。心が洗われて活力が戻る。人間関係のいざこざで疲れきっている。うれしいことないじゃない。心躍ることない。ストレスがたまる。情報に振り回されている。
・遍路に行くのは、日常生活がいやだから。日本がよくない。首切られるし。大学出たって就職ができない。社会がおかしい。
・インドもよく行く。行ですから。インドはお釈迦様の後を追う。大地の記憶が蘇ってくる。
・死んでむなしいと思う。しかし、魂は残された人を心配して、愛する人のところに来ているんですよ。「せみが鳴いているねえ」と生きている時と同じように話しかければいい。うんうんと言ってくれますよ。
・(娘を亡くした女性が、遍路そしている時、「娘に会った」と言ったことに対し)会いたいと思う心があるから、見える。ほかの人には見えなくても、娘が出てきてくれる。お嬢さんが導いてくれる。
・遍路には終わりがある、上がり場所がある。
        ◇    ◇    ◇
 連載の取材を通して感じたことの1つは、悲しみがあまりにも深く、絶望のふちに立たされた女性が、最後にすがるのは寂聴さんなのだろうということだった。(梶川伸)21.11.12

更新日時 2021/11/12


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