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心にしみる一言(329) 木に筆をくくりつけて書く

「けったいでんな」の紙面

◇一言◇
 木に筆をくくりつけて書く

◇本文◇
 取り上げた言葉を見て、「何のこっちゃ」と思うだろう。私もそう思った。大まじめだが、どこかとぼけた感じのする人を取り上げた連載「けったいでんな」の取材でのことだった。
 小学校の先生で習字を教えた。校長を勤めて退職し、その後は各地の区民センターなどで書道を教えた。そんな書道の専門家から、取材依頼が会社に届いた。「文字を書くことは、難しいと言われていますが、そんなことはありません。木の先に筆をくくりつけただけでも、うまく書けるものです。そんな技術を持っています」
 しょうもない事をする人がいるもんやなあ。1度訪ねてみたろ。さて、マンションの戸を開けると、準備万端整えて、すでに待ち構えていた。私があいさつするやいなや、早速実演に移った。「長いことやっていない」
 金づちを柄だけにして、それに筆をひもで結んでいる。十字架のような形になっている。金づちを握るように、柄を握る。筆に墨汁をつけ、半紙にサラサラと「天地」と書いた。「こんなん、だれでも書ける」
 もう一度、金づち筆を握ると、今度は気合いが違う。見事な字で「地人」。金づち握りでも、筆先の動きは普通の筆と同じ。止めるところは止め、はねるところははね、はらうところははらう。これは難しいに違いない。恐れ入った顔をすると、「ちゃんとした用筆なら、必ずうまく書けるはずや。それを見せるためにするのですよ」。
 木にくくりつけた筆は、やがてバライエティーに富んだ発展を遂げたという。そのうちの1つは、腕に筆をくくりつける方式。腕に直角に結ぶから、金づちの柄が腕に変わったようなもの。発展型の実演が始まった。「こないしてでも書ける」と。これはさすがに難しそうだが、ここまでくると、趣味の領域のような気もする。「自己満足ですな」。すべてがまじめだが、けったいな人だった。(梶川伸)2021.09.04

更新日時 2021/09/04


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