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心にしみる一言(325) 紀伊山地の中心で、神聖視される何かがあった

玉置神社の杉

◇一言◇
 紀伊山地の中心で、神聖視される何かがあった

◇本文◇
 取り上げた言葉は、奈良県十津川村の玉置神社の神職から聞いた。神社は標高1077メートルにある。玉置山の頂上近くの山深い場所には樹齢2000年、3000年の杉が立っている。まさに「神聖視される」という言葉の雰囲気に包まれていた。
 神社としてスタートしたが、神職によると神仏習合以降、仏教の天台宗の教えを取り入れた。さらに安永9(1780)年、弘法の法義(真言宗)と兼ねて修行を行うようになった。二宗兼学と言うらしい。
 一方で修験道の聖地でもある。神職は「玉置山が世に知られるようになったのは、奥駈(おくがけ)の道ができてから。本宮から10番目の行場」と言う。奥駈の道は、役行者(えんのぎょうじゃ)が開いた修験道の修行の道を言う。
 「修験者はここで、弓神楽(ゆみかぐら)を舞うことがある」。神楽といえば神社のものだが、それを修験者が舞う。それだけではない。「10月24日の神社の例大祭でも行う」
 その時のお札は、厄除(やくよ)けの札とされる。「熊野成 玉置宮 弓神楽 弦音須礼波 悪魔退久(くまのなる たまきのみやの ゆみかぐら つるおとすれば あくましりぞく)」の文字が書いてある(矢的成∥やまとなる、の表記もある)。さらに「金胎大日」の文字。
 金胎大日とは? 本殿の横に、大日堂社がある。中に金胎両部大日如来と弘法大師・空海の像が安置されている。大日如来は、空海が中国からもたらした真言密教の中心仏である。吉野と熊野の接点で、神社はさまざまな文化が交差し、積み重なってきたのだろう。(梶川伸)2021.08.11

更新日時 2021/08/14


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