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豊中運動場100年(63)  試合開始は半鐘の響きで/中等学校野球、スコアボード登場

全国中等学校優勝野球大会の熱戦の跡を現在に伝える高校野球メモリアルパーク=豊中市玉井町で

 試合の開始と終了時に高らかに響くサイレン。
 甲子園球場のサイレンは高校野球を象徴するものとして、今や風物詩になっている。ただこのサイレンがいつ頃から使われているかは定かでない。放送設備がなかった豊中運動場では試合の始まりをサイレンで知らせていたという説がある一方で、近くの小学校から借りてきた半鐘を鳴らしたという話もある。
 昭和初めの大阪朝日新聞に“豊中時代”を回想する記事が載った。その中に「ゲームが始まるぞと半鐘をカンカーンとたたき、終わるとまたカンカーンとやった」との回想録が登場する。審判が試合開始を宣言すると本部席につるしてあった半鐘を鳴らして知らせたというのだから、何とものどかだ
 1916(大正5)年8月に開幕した第2回全国中等学校優勝野球大会(現在の夏の甲子園大会)では、外野の後方にスコアボードが初めてお目見えした。丸太を組み合わせたやぐらに板を張り付けた仮設のボードで高さが5メートル近くあり、豊中運動場のどこからでもはっきりと点数を確認できた。上部には大礼服マークの「仁丹」の広告が取り付けられており、仁丹を発売していた森下博薬房が広告宣伝を兼ねて設置したらしい。
試合開始を知らせる半鐘は、スコアボードの担当者に得点を知らせるのにも使ったようだ。1点を挙げると半鐘を「カーン」と1回鳴らし、その音を聞いた係員が「1」と書かれた札を板につるす。半鐘の音が鳴って得点が書かれた札がボードにつるされるたびに応援席から大きな歓声が起こったことだろう。
 第2回全国中等学校優勝野球大会は8月17日に第2日を迎え、1回戦3試合が行われた。
 第1試合は山陽代表の広島商業と九州代表の中学明善の対戦。午前9時に半鐘が「カンカンカーン」と鳴って試合が始まったのだろうか。
 試合は1本塁打3三塁打を含む両校計20安打の乱打戦になった。広島商は2回表に適時打で先制、3回表には無死満塁から犠打などで2点を追加した。一方、中学明善は3回裏に無死2、3塁から敵失と押し出し四球で2点を返し、序盤から荒れた試合になった。
 広島商の猛攻が続く。4回表、柚花尋選手の中堅への大飛球が失策を呼び2点。さらに6回表に柚花選手が大会第1号となる2点本塁打を放った。7回表には無死満塁から長短適時打に加え中学明善の守備も乱れ一気に9点をもぎ取って大きく突き放した。
 結局広島商は19点の大量得点で圧勝。1番打者の柚花選手は本塁打を含む3安打の大活躍だった。
 試合時間は3時間半。当時のほとんどの試合は1時間半前後で決着がついており、あまりに長時間の試合になってしまった。新聞は「試合の前半はかなり面白みがあったが後半はつまらぬものに終わった」と伝えた。(松本泉)

▽8月17日
【1回戦】
広島商  012202930=19
中学明善 002010010=4
=2016.04.19

 

全国中等学校優勝野球大会 広島商業 中学明善

更新日時 2016/04/19


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