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編集長のズボラ料理(178) 春キャベツと新タマネギのかき揚げ

衣に軽く塩を入れておいてもいい

 キャベツは料理にとって、どうしても必要なのか。それとも、あってもなくても、どちらでもいいものなのか。キャベツを食べながら、つい深く考えてしまう。世界や日本の行方にかかわるほどのことではないが。
 トンカツにはたいてい、千切りキャベツがついている。店の場合はソースはつき物となっている。テーブルに運ばれてきたときに、すでにかけてあるケースがある。この場合、トンカツにかかっているのはいいが、キャベツにはかかっていてほしくない。キャベツにソースをかけるかどうかは、人間が本来持っている固有の権利で、何人といえども、それは冒してならないのである。かみくだいて言えば、「かけるか、かけないかは、自分で決めさせてね」となる。僕の場合、キャベツにはほとんどソースをかけない。
 だからと言って、必ずキャベツがほしいわけでもない。キャベツとトンカツを比べれば、トンカツの方がおいしいに決まっている。主役はトンカツだというのは、人類誕生以来の真理に違いない。だから、キャベツなど、どうだっていいのだ。
 ただ最近のトンカツ屋さんは、客を試してくる。キャベツのお代わり自由、とくる。この誘惑には、たいていの場合、負けてしまう。そこで、論理矛盾がキャベツのような顔をして食べまくる。
 一方でトンカツはお代わりができないので、食べるスピードを2分の1に落とさない限り、2杯分のキャベツと釣り合いがとれない。トンカツを口に運ぶペースを2分の1に落すか、1回の口の中に入れる量を2分の1に落さなければいけない。簡単な方程式から導かれる結論である。そのためには、かなり技術がいる。
 キャベツが大きな顔をして、トンカツが肩身の狭い思いをしている。許せないことだが、春は違う。脇役のキャベツがだが大きな顔をしてもいい。。春キャベツが出てくるからだ。色からしてみずみずしい、実際に食べても納得の爽やかに魅せられる。
 全く問題がないわけではない。春キャベツは葉の重なり具合が緩く、葉と葉の間が空いている。巻きがしっかりしたものに慣れていると、スカスカキャベツは何だか損をした気になってしまうではないか。ここさえ割り切れば、春は楽しい。
 お遍路さんのための休憩所造り「四国88ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」に参加していて、時々四国に行く。仲間の車で行き、大阪に帰ってくると、弁天町で運転者が家に車を置き、駅に近い居酒屋「いざ新」で、ご苦労さん会を3~4人でやる。
 値段が良心的のうえ、酒のあての種類が多い。先日はキャベツのかき揚げなるものがあった。300円台という値段設定もうれしい。春キャベツだから、成り立つメニューかもしれない。このメニュー、さっそくズボラ用にいただいた。
 春キャベツは細長い短冊切りにする。タマネギは千切り。ビニール袋に2つを入れ、小麦粉も入れてから袋に口を絞め、よく振って小麦粉をまぶす。小麦粉とコーンスターチに水を加えて混ぜ、天ぷらの衣を作る。春キャベツとタマネギを入れて衣をつけ、油で揚げる。キャベツもタマネギも味は軽いが甘いので、塩を振り、かんきつ類を垂らして食べると、春らんまんとなる。(梶川伸)2016.03.20

更新日時 2016/03/20


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