編集長のズボラ料理(81)サーモンの押しずし
子どものころ、弁当の王様は、シャケ弁だった。「サケ弁当」ではなく、あくまでもシャケ弁である。今でもそれは、あまり変わらない。
弁当箱を開けると、塩ジャケを焼いたものが一切れ乗っている。一切れとは、シャケを2枚におろしたものを、背中から腹にかけて切ったもののことをいう。一切れの半分のように、けちってはいけない。それでは、王様としての威厳がない。「ドーンと一切れ」が、王様の条件なのだ。
慾をいえば、ご飯の上にはノリを乗せてほしい。ただ、その場合には、シャケをノリの上に置くのか、おかずコーナーに配置するのか、これはちょっとしたテーマである。結論はどっちでもいいのだが、そこを熟慮してこそ、シャケ弁に精神的な深みが出る。
シャケはちゃんとした塩ジャケがいい。「甘塩」などという甘っちょろい考えは持つべきではない。焼くと、塩がふいているくらいがいい。それだけ辛ければ、ほかにおかずがなくても、弁当1箱くらいは平気である。骨の部分をなめれば、もっといける。そして、食べ終わったあとは、何度も水を飲む。
塩とシャケはつきものである。僕は子どものころ、仙台に住んでいた。そこで覚えたのがスジコ(筋子)だった。シャケの卵だが、イクラとしてバラバラにする前の、あの辛ーい食べ物だ。おふくろの家をのぞきに行くと、必ずスジコが買ってあった。それで酒を飲み、ご飯を食べた。そして夜、何度も水を飲んだ。
最近、シャケは泳いでいるのだろうか。そう思うほど、影は薄くなった。シャケはサケに、サケはサーモンにと、名前を変えた。すし屋ではサーモンが人気のトップ争いししている。出世魚である。それに連動して、塩はどんどん薄くなった。僕はシャケ派として、この流れに抵抗していたのだ。
ところが、会社に入って先輩に酒を飲みに連れていってもらい、スモークサーモンなる食べ物を口にして以来、信念は大きくゆらいでしまった。「塩ジャケなんて血圧によくないよ」「スモークサーモンもサーモンのソテーも、おしゃれやなあ」「すしは、トロサーモンもいいね」。なシャケない。かくして、サーモンの押しずしは、シャケ弁に匹敵する好物になった。
用意するのは、葉つき大根、刺し身用サーモン、レモン。大根の葉は細かく切って、軽く塩をふり、水分が出たら絞っておく。大根の白い身は薄切りにした後、イチョウ切りにして塩をふり、これも水分を絞っておく。サーモンはすし酢に少し漬けてから、イチョウ切りにする。酢飯を作る。それに大根の葉と、彩りとしてレモンの皮の千切りを加えて混ぜる。僕はサンショウの実が好きなので、それも入れる。
うちには、押しずしをつくる器具がない。そこでイカナゴのくぎ煮をもらった時の容器を活用する。まず、後で取り出しやすくするため、容器をラップで覆っておく。容器の底に、サーモンと大根を敷き詰める。その上に酢飯を詰める。もう1度、サーモンと大根を並べ、さらに酢飯を置いて、二重構造にする。最後にラップをかけ、手で押す。食べる時は、ラップを引っ張って容器から出し、適当な大きさに切る。(梶川伸)
更新日時 2014/03/30