編集長のズボラ料理(402) 春キャベツのお茶漬けパスタ
「春はキャベツから」と言う。いや、それは間違いで、「春はセンバツから」。今年は残念ながらセンバツ高校野球が中止になり、春が来ないのかと心配している。
春キャベツは確かに、春の訪れを告げる。葉は柔らかく、色もパステル画のように優しい。でも、春は「センバツから」だろう。
センバツは毎日新聞が主催する。そこの記者だったから、この言葉は入社するやいなや、頭にすり込まれた。入社式がセンバツの最中だったからだ。
心弾む心地よい響きがある。選手たちが甲子園の土の上を行進するような、軽やかな音がある。光が空中をチラチラと飛び交う輝きがある。
学校の先生が「雪が溶けると何になる?」と質問し、子どもが「春になる」と答えた。子どもの発想の自由さと、春を待つウキウキとした気持ち表わす例えとして、よく語られる。
「春はセンバツから」にも、暖かさへのワクワク感がある。と、かっこうつけて書いたのだが、現実は違う。4月に入って決勝戦のころともなれば桜が咲いてポカポカとしてくるが、開会式の直後はつぼみも固い。風でも吹けば、冬に舞い戻る。
社会部の記者だった僕もセンバツ班に加わり、甲子園近くの旅館に泊まり込んで取材したことがある。半世紀近く前のことで、その大会では簑島高校(和歌山県)が優勝し、準優勝は部員12人で「24の瞳」と呼ばれた中村高校(高知県)だった。
寒い年だったと思い出す。スタンドにいると、ブルブルと震えてくる。夕方が近づいてきて、さらに寒くなる。一応の取材と執筆、出稿は終わっていたが、何かの時のためにスタンドで待機していたのだ。
悪い先輩がいて、「体を温めよう」と言い出した。2人で売店に行ってカップ酒を買い、ほかの先輩記者らに見つからないように飲んで、体を内部から温めた。酒の臭いをさせて取材するわけにはいかないので、飲んだ後はひたすら「取材することがありませんように」と祈り続けた。甲子園の女神は、僕たちの見方だった。
その日の試合が終わり、その先輩と阪神甲子園駅の北側の居酒屋に飛んでいった。それがその大会の2番目の思い出だから、寒い年だったのは間違いない。
時期だから春キャベツを使い、食べやすい大きさに切ってゆでる。最後にお茶漬けの素を加え、ひと煮立ちさせる。パスタをゆでて皿に盛り、キャベツとお茶漬けスープをかける。スープの量は、パスタが隠れる程度。柔らかな黄緑が演出できれば、「春は食卓から」となる。センバツが中止になったので、春はキャベツに託す。(梶川伸)2020.03.30
更新日時 2020/03/30