編集長のズボラ料理(826) トマトとキュウリのサラダ
日本人は淡い色が好きだ。花を思い浮かべると、つくづくそう思う。
花といえば桜。桜といえば奈良の吉野山(吉野町)。山桜が中心だから、淡い色の代表格といってもいい。
「全山桜」と言ったり、「一目3万本」と言う。観光地の売り物の数字は、概してオーバーな表現となる。僕が子どものころ、神戸は「100万ドルの夜景」だったが、いつの間にか「1000万ドルの夜景」と、10倍にはね上がっていた。大変なインフレ。
吉野山の桜について、吉野町の担当者に取材したことがある。正直な人で、「実数は1万2000本」と明かした。それでも、大変な数の桜が山を覆っているわけで、それが心地良いのは、淡い山桜だからだろう。色のはっきりとした河津桜や陽光やぼたん桜だったら、げっぷが出るかもしれない。
職員の桜に関する知識量には驚いた。
・万葉集で吉野を歌った歌は96首。山、雪、川など自然を歌ったものばかり。桜を詠ったものはない。
・古今集では紀友則、紀貫之が花を歌っている(吉野の桜の初見)。他によみ人知らずが1首。
・新古今集に、西行の歌がある。山家集からの出展。
・西行は吉野の桜をこよなく愛した。それ以降、花といえば吉野となった。
・新古今は鎌倉時代になっていて、写本がたくさん流布した。西行は全国を行脚して、なじみがあり、吉野の桜は日本中に知れわたった。
・室町、江戸時代は、桜を描いた大和絵は吉野のイメージでとらえられた。
以上は知識の一端。全体量は吉野山の桜を超えるのではないか、と思ったほどだった。
吉野桜の人気は、一向に衰えを見せない。久し振りに昨年、友人の車で桜を見に行った。午前5時、奈良市を出発。吉野山の短いロープウエイに乗るべしで、到着は6時すぎ。しかし、ロープウエイの下の駅のそばの駐車場は満車。仕方なく歩いて15分ほど離れた駐車場に車を止めた。ロープウェイには乗ろうとする人のながい列ができていたので、エッチラオチラ歩いて登った。
登り着いたのは7時。それでも人はウジャウジャ。用意していた弁当は朝ご飯にした。人に押されるようにして、10時前には山を下りた。吉野の桜を見るのは、大変なことである。これも西行と淡い色のせいだ。
食べ物も淡い色が好みではあるが、最近は「色がきれい」がほめ言葉になっている、その代表格がトマトといえる。
赤、オレンジ、黄色ミのニトマトが混じったセットを買う。大きめなら半分に切る。キュウリは皮をゼブラに切り取り、トマトの大きさに合わせてカットする。タマネギスライス、セロリスライス、ショウガスライスと一緒にボウルに入れる。バージンオリーブオイル、クミン、コショウを加えて混ぜる。このサラダは色が命。
吉野山で心残りがある。クズ切りで人気の店があり、食べるのを楽しみににしていた。花よりクズ。しかし、あまりにも時間が早すぎて、店はまだ閉まっていた。しまった。(梶川伸)2025.09.26
更新日時 2025/09/26