編集長のズボラ料理(821) ナガイモ豆腐ソテー
「ソテー」という言葉はおもしろい。油やバターで焼いたり炒めたりするだけのことだが、カタカナにして最後を伸ばしてしまえば、上品な響きとなる。だから、その言葉をつけただけで、ランクが上がる。特に洋風の「食べ物」では、それだけで「料理」に変身する。
一方で、和風の品につけても、おしゃれになる。泥臭いおかずの場合は、そのアンバランスが味を出す。ソテーは食べ物を複雑化するキーワードと言ってもいい。
奈良県橿原市の今井町は、江戸時代の環濠集落が残り、伝統的建造物群保存地区に指定されている。その中にある店でランチを食べたことがある。江戸情緒の町の中の古民家のような建物なので、しっとりした和食の店を思い浮かべたが、そうではない。店の名前は「tama」なので、猫のための店かと思ったら、そうではない。フレンチレストランだった。この意外性。
料理はフレンチのコテコテ味かと思ったら、奈良の野菜を使ったコースだったから、またまた意外。その中にソテーがあって、これだけは海のない奈良とは縁遠いイサキだったが、大和マナをソースにしていたので、複雑な奈良へのこだわりだった。
遍路がかかわったソテーもあったが、これはさらに複雑化していた。初めての遍路は自転車遍路だった。結願した夜は、88番札所・大窪寺のそばの遍路宿(民宿)で泊まった。
夕食で女将の心尽くしは赤飯だった。結願のお祝いである。何と日本的。料理も盛りだくさん。刺し身やブリの照り焼きもあったが、印象に残ったのは高野豆腐、カボチャやコンニャクやサヤインゲンの煮物、山菜の煮物。精進料理的で、何と遍路的。その中に普通の豆腐もあったが、これだけはバターでソテーしてあり西洋的で、複雑さを加えていた。
今回は豆腐のズボラ風ソテー。木綿豆腐を水切りし、ボウルに入れてつぶす。ナガイモを棒でたたいて細かくし、ボウルに入れる。さらに梅肉、細かく切ったネカブ、細切りの塩コンブを刻んだもの、青ノリの粉、カタクリ粉を加えて混ぜ、円形に成形する。フライパンで油とバターを熱し、円盤豆腐の両面を焼く。
この料理、円盤作りまでは純和風。最後のソテーだけは洋風で、複雑さの割合は少ない。豆腐のソテーは一般的になってきたので、取り立てて書くこともなかったが、実はほかに書きたいことがあった。宿の女将のことだ。
戦後間もないころ大病をした。快癒したので、親類に連れられてお礼参りの遍路をした。食糧事情の悪い時で、托鉢でお米をもらいながら回った。若い娘には、それがとても恥ずかしかったそうだ。その経験から、結願した遍路に赤飯とごちそうを振る舞う。夕食には赤飯のほかに、普通のご飯もついていた。(梶川伸)2025.09.05
更新日時 2025/09/05