編集長のズボラ料理(337) 豚肉と長イモの炒めもの
自然薯(じねんじょ)は高い。だから、買うことはない。スーパーでは見かけることがない。同じ考えの人が多いから、置いても売れないからだろう。
名前からして高そうである。「しぜん」と読まず、「じねん」と読む。比べてみると、「じねん」の方が格上で、どこか哲学的である。
「薯」がまた偉そうだ。イモのことだから「芋」でいいではないか。それなのに、「薯」を譲らない。「書けるものなら、書いてみろ」と偉ぶっている。
そこで書いてみるが、書けないので、「参りました」となる。スーパーでしょっちゅう見ていれば、少々画数が多くても、やがては覚えるだろう。書けないのは、スーパーにないからだ。
自然薯は店で食べると安い。三重県の御在所岳に行った帰り、ふもとの「茶茶」という自然薯専門店に寄ったことがある。当然のごとく、とろろ飯を食べた。すり下ろした自然薯をだしつゆと混ぜて、大きな器に入れて運ばれてくる。それを麦ご飯にかけて食べる。
単純なものだったが、量が多いので満足感した。しかも、1000円ほど。高くないから、気兼ねなく頼める。同じ考えの人がらだろう、飛騨高山にも支店があるらしい。
買う時と店で食べる時の、価格感覚のギャップは何だろう。それで思い出すことがある。
自然薯に近いツクネイモを、元同僚がたくさん送ってきた時だった。遊びに来た娘が、いくつか持って帰った。娘婿は「いつか自然薯を食べたい」というのが口癖だったからだという。ツクネイモではあったが、ご飯にかけて食べて、涙を流さんばかりに喜んだといらしい。
娘は誇張して言って、相手を喜ばせるテクニックを持っている。これもテクニックで、また元同僚が送ってきたら、また取りに来るという合図である。
長イモではこうはならない。取りくることもない。ともかく、名前からして威厳がない。長いから長イモというのは、あまりにも安易ではないか。だから、娘も感動はないし、欲しがることはない。
長イモは時々安い。自宅近くのスーパー「近商ストア」では、食糧品売り場の入り口に、日替わりで目玉商品が置いてある。そこに1カ月に1度くらい、長イモが並ぶ。たいていは298円だから、これを買う。安いから、バンバン使う。
長イモは皮をむき、輪切りする。太ければ、食べやすく半分に切る。豚肉も食べやすい大きさにするか、切り落としを使う。フライパンの油をひき、長イモを炒める。しばらくして、豚肉も加えて炒める。味付けはだしの素少々、砂糖、酒、しょうゆ。これも、気兼ねなく食べられる。(梶川伸)2019.03.11
更新日時 2019/03/11