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編集長のズボラ料理(780) 豚肉と大根の巻き巻き蒸し

味が足りなければ軽くポン酢をかける

 医者に行くのは、基本的に楽しくない。僕は定年後、高血圧の経過観察と薬をもらうため、自宅から歩いて3分の町医者に行く。1カ月半間隔で、惰性の医者通いを続けている。
 現役中は会社に診療所があったので、緊急の場合は受診した。ところが社員の中には大した症状も出ていないのに、診療所通いをする不届き者もいた。美人の女医さんに診てもらおうという不純は動機だった。
 女医さんは高校時代から、マドンナだったらしい。ある医師の研究成果を取材した際、その医師は女医さんと同じ高校だったので、教えてくれた。
 僕は女医さんになびいて、診療所通いをすることはなかった。いや、そうしないよう決意した
 痛風の発作のような痛みが足首に出て、たまらず診療所に行った。女医さんは尿酸値の数値を見て、酒類を控えるように注意した。そして、きれいな顔をして言った。「痛風は不公平な病気です。私はいくら飲んでもなりません」
 女医さんが酒好きだという情報は得ていた。向こうも、僕が酒飲みだということを知っているふしがある。痛い部分をさわろうともせず、「不公平な病気」と言い放つ冷たさ。そこで、決してなびかないぞ、と決意したのだ。ただ、痛い足に触ってくれていたら、決意を貫けたか自信はない。
 定年後に世話になっている町医者も、最初は女医さんだった。ただ、僕とほぼ同じくらいの年齢なので、楽しみも決意も何もない。時々、聴診器を片耳からはずして、グルメ情報の交換をするくらいのこと。心臓や肺情報は、片耳で聴く天才女医だった。
 やがて女医さんは、息子さんに引き継いだ。相変わらず、医者通いは楽しいものではない。会話と言えば決まっている。「最近どうですか?」「特別なことはないです」
 息子医者は京都市の中心部に住んでいるので、店の情報に詳しい。そこで時々、「京都で昼ご飯を食べたいんだけど」と聞く。ササッと3つの店を教えてくれる、行ってみると正解で、次の診察の機会に「おいしかったわ」と言う。そんな程度だから、医者通いは楽しいものではない。
 1つだけ、楽しみがある。狭い待合室に、雑誌「オレンジページ」が置いてある。料理がたくさん載っていて、診察までの間に読む。なぜか患者は誰も手を出さないから、僕のために用意してあるようなものだ。
 待合室で学習した料理を作る。はっきり覚えていないので、ズボラ流である。細長い
豚の薄切りバラ肉を用意する。大根を豚肉の幅に合わせ、ピーラーで長く切り、ごくわずか塩をふり、少し時間をおいてから水分をふく。梅肉に刻みネギを加えてよく混ぜる。大根の上に豚肉を乗せ、さらにネギ梅肉を塗って、巻いていく。それを立てて、酒ふって蒸し焼きにする。
 レシピを覚えていないのには理由がある。これは作ろうと思ってメモを取ろうとした瞬間、僕の順番になり、息子医者が名前を呼ぶ。それだけならいいが、診察室のドアを自ら開けて待っている。仕方がないから、オレンジぺージを急いでマガジンラックに返し、呼ばれて10秒以内に診察室に入り、「最近どうですか」の会話が始まる。だから、レシピを覚える余裕がない。患者の気持ちがわからない医者である。(梶川伸)2024.12.30 

更新日時 2024/12/30


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