このエントリーをはてなブックマークに追加

編集長のズボラ料理(64)豚とリンゴのワイン煮

 僕はワインにうとい。同じ醸造酒でも日本酒なら、少しはうんちくを垂れる。
 例えば、好きな銘柄を聞かれれば即座に、香川県・琴平の「凱陣(がいじん)」と答えることができる。ただ、深い意味があるわけではない。
 阪神大震災の翌年、高松支局に支局長として赴任した。支局にあった日本酒が、凱陣だった。そのためである。
 新聞社の事務所には、たいてい日本酒の一升瓶が置いてある。いや、あった。仕事が一段落したら、飲むためである。いや、飲むためであった。
 最近は酒飲み記者が少なくなり、飲むにしても、せいぜいビールくらいだから、日本酒の瓶はあ、あまり転がっていない。だから、正確には過去形で書かざるをえない。
 赴任してすぐ、凱陣を口にした。仕事より酒である。キャッチコピーに感動した。「高杉晋作も飲んだ」と書いてあった。晋作も飲んだのか。彼と親しいわけではないが、どうしても姓ではなく、名の呼び捨てになる。
 晋作が長州藩から一時、四国に逃げた時に飲んだということらしい。晋作が飲んだのなら、龍馬も飲んだに違いない。彼とも親しいわけではないが、やはり名の呼び捨てでなければならない。晋作が飲み、龍馬が飲んだのなら、僕も飲まねばならぬ。三段論法としての、当然の結論だった。
 大阪に移り、晋作や龍馬ともご無沙汰することになった。そこで、香川から友人が来る際には、土産に凱陣をねだっていた。ところが、職場から近いJR福島駅のガード下に「とり藤」という店があって、そこに凱陣が置いてあった。僕にとっては、大発見である。晋作や龍馬は、焼き鳥が好きで、こんなところで飲んでいたのだ。
 何度か通って飲んだが、やがて時代は明治維新のような変化をとげる。焼酎が日本酒を追い落とした。その店も時代の流れには逆らえず、焼酎中心の店に変わり、凱陣はメニューから消えてしまった。
 寂しい日々を送っていた時に、マチゴトのスタッフが、豊中市のソバ屋「こなから」に、凱陣があると教えてくれた。さっそく2人で行ってみた。仕事より酒である。僕らは晋作と龍馬を交え、凱陣をくみかわしながら、日本の将来と阪神タイガースの今後について深く考えながら、深酒をしてしまった。
 ここでやっと、ワインとなるが、ワインのことはほとんど知らないので、唐突に料理に進む。リンゴを棒状に切り、豚肉で巻く。豚肉の端には、水で溶いたカタクリ粉をつけて、のり代わりにする。鍋にリンゴの豚肉巻きを並べ、ワインを注ぎ、コンソメスープの素を少し、ローリエ(月桂樹)の葉1、2枚を加えて煮る。
 ワインではなく、カルバドスを使うとさらに良い。カルバドスはリンゴを原料にした蒸留酒(アップル・ブランデー)だから、リンゴとの相性が良い。ランスでは焼酎のようなもので、「落ちぶれてもカルバドスは飲むな」という言い方があるらしいが、日本では結構値段が高く、しかもどこにでもある酒ではない。だから、ワインを使った。赤にするか、白にするか。僕はワインにうといから、どっちでもかまわないが、白ワインの方が見かけが良い気がする。(梶川伸)

カルバドス 凱陣 とり藤 こなから

更新日時 2013/12/11


関連地図情報

関連リンク