紀伊国屋 客との一体化が魅力
遅れて席に着いた客に舞台上から「遅いよ!」と声がかかる。口上で「今日は劇団の名前だけでも覚えて帰ってください」と話す役者に、「なんだっけ?」と客が普通に尋ね返す。
11月1日にこけら落としとなった大衆演劇場、池田呉服座。舞台と観客席の距離の近さは、そのまま役者と観客との距離も近付けている。舞台上で演じられる義理人情の悲喜劇に笑いと涙を浮かべ、合間で役者との直接のやり取りを楽しめる。これが大衆演劇の魅力だ。
12月末まで2カ月間のこけら落とし公演を行っている「劇団紀伊国屋(きのくにや)」。総帥を務める紀伊国屋章太郎さん(63)は、「まずは常設小屋での公演ということを理解してほしい」と話す。大衆演劇は1カ月間ほぼ休みなしで昼と夜の2公演制。演目は毎日変わる。さらに台本ではまかないきれない時事ネタなどを前日に指示し、舞台の中に取り入れていくため、1度見た演目でも次は違ったものとなる。「古くさい中にも現代のネタをアドリブで入れ、お客さんと一体化することが大事」という。
稽古は夜の公演が終わった後から行われ、深夜2時、3時になることも少なくない。劇場の楽屋で寝泊まりするため、役者とプライベートの切り替えが大変そうだが、「特に気にしたことはない」と笑った。
「昔ほど上下関係が厳しい世界ではなくなった。役者同士の和気あいあいで家族のような雰囲気が、見てくれるお客さんにも伝わってくれれば」。紀伊国屋の魅力はそこにあると章太郎さん。
「こけら落とし公演は、お客さんの反応が読めないので難しい。しかし初めて大衆演劇を見るという人も多く、その劇団を身内のように思ってくれる。また帰ってきた時に喜ばれるような、すぐに帰ってきてほしいと言ってもらえるような芝居をしていきたい」
ちなみに11月21日は、座長を務める澤村慎太郎さんの誕生日。そこで見られるであろう観客とのやり取りで、大衆演劇の魅力を実感してみてはいかがだろうか。(礒野健一)
更新日時 2010/11/17